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■■「喪」のきものの移り変わり 【2】■■ [昔のきもの写真 ●昭和30年代●]

 今回も【1】に引き続き------【1】をご覧になっていいない方でも、おそらく
タイトルからご想像いただけるでしょうが------話題が「喪」ですので、
読みたくない・見たくないというかたは
ここで引き返してくださいね。

 今回掲載するのは、生家のアルバムにあった写真です。
昭和30年代前半のもの。
 きものについての移ろいがとても激しかった時代の写真だと思いますので
当時の喪服について、どなたかのご参考になるかも・・・と
掲載させていただきますが、
ご覧になるかたを不快にさせるのは本意ではありません。

 ですので、
ここから先に進まれるかたは
写真を見てもお気を悪くなさらない、と
ご同意いただいたかた、ということでお願いします。


 なお、今回は【2】ですので、
【1】から読まれた方が話題がわかりやすいと思います。

 【1】はこちら。↓http://hudankimono.blog.so-net.ne.jp/2011-03-03-2





(念のため、もう少しスペースを開けますね)




 さて、以下、本題です。



 こちらは、昭和32年ごろの神奈川県での葬儀の写真です。
前回の、富山での法事の写真と同じ一族です。

昭和30年代初期葬儀.JPG
 
 中心に立っている、神奈川県在住だった女性は
現代と同じ、半襟以外すべて黒です。それに対して、
すぐ左横に立っている、当時富山県在住の年配の女性は、
帯揚げと帯締めも白。富山県ではまだこんな感じだったのでしょうか。
(それでも、全身白だった昭和10年代の法事からはかなり変化していますが・・・)

 おや、よく見ると富山の女性の方は白い(?)比翼*もしていますね。
------あまり和装の喪服を実際にお召しのかたにお会いする機会が無かったので
わからないのですが、こういうのって、現代でもするのかしらん?



         *当初は「伊達衿」としていたのですが、
         「比翼」と教えていただきましたので訂正しました。

 

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■■昭和30年代後半の女性たちのファッション■■ [昔のきもの写真 ●昭和30年代●]

 古いアルバムから見つけてきた写真シリーズです。

おばあちゃんのアルバム12-2人立ち姿.JPG

 おそらく昭和35年ごろの、神奈川南東部(たぶん)での写真です。

 母親は和装ですが、娘の方は洋服です。
母親世代にとってはきものは普段着ですが、もう娘世代にとっては
そうでない感じですね。(そもそも高校の制服なども洋服だったと聞きました。でも
その一方で、和裁の授業があったとか。やはり過渡期ですね。)

 ちなみに、数年前に神奈川にある生家の押入れの整理をしていたら
「洗い張り」の道具が出てきました。
昭和30年くらいまでは、自宅で母親が普通に「洗い張り」をしていたそうです。
 それくらい、母親世代については、きものがまだ生活に密着していたんですね。

 何かの本で、「東京オリンピック(昭和39年)を境に一気に洋服化が進んだ」と
読んだ記憶がありますが・・・。



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